新しい発想を生み出す
アートシンキングと
プレイスデザイン

環境建築家 清水 泰博

No.03

アートシンキングのプロセスを踏みながら空間や環境を構築していく環境建築家の清水泰博氏。人々の感性に働きかけるオフィス空間のあり方について聞きました。

アートシンキングで建築を構想

今、アートシンキングが注目されています。いったいどのような思考方法なのでしょうか。

私が思っていることを一言で言うと、「感覚的に考えること」です。今まで多くの企業が取り入れてきたロジカルシンキングは論理を積み上げながら進めていき、次第に練り上げていく方法ですが、アートシンキングは自分起点の思いつきや「勘」を重視しているように思います。例えば、東京藝術大学の学生課題では、検討会時に「こんなものをつくりました」と言って、まずアウトプットが先に来ることがあります。本人もなぜその作品が出てきたのかよくわかってない場合があったりします。でもアートシンキング的にはそれでよくて、課題とどう結びついているのかは、「なぜ、どうして」と聞くことによって、自身で遡って考えていけばいい。そうするうちに学生自身が気付くわけです。

つくった後に掘り下げることがポイントなのですね。

以前、藝大におられた須永先生が提唱されていたのですが、「デザインリフレクション」といって、つくった後になぜこれをつくったのかのレポートを書いてもらうんです。それをやっていくと「自分は何を考えていたのか」が明確になり、最後には立派なプレゼンテーションになっているんです。

常識にとらわれない新しい発想を生み出すプロセスとして、企業でもアートシンキングを取り入れる機会が増えています。

花王との産学連携プロジェクトでは、アートシンキングを通して同社の研修施設「新佑啓塾」の建築構想をつくりました。最初に話をお聞きしたとき、「これまでにない施設のあり方を考えるためにアートの感覚を取り入れたい」ということでた。「社内でずっと検討してきたが、そこから先がわからないので専門家にお願いしたい」と。そこで今までの建築を計画するにあたってのやり方を見直して、「自分たちの施設なのだから、一緒に考えませんか」とワークショップを提案しました。

デザイン科のさまざまな分野の先生方にも参加してもらって、デッサンを通して観察する目を鍛えたり、レゴブロックで立体を手で考えてみたり、いろんなアートシンキングのステップを踏みながら次第に建築構想に導いていきました。参加した皆さんは当初「自分たちに建築を考えることはできない」と思っておられたようですが、学生も交えたチームで楽しく取り組みながら、オリジナリティのあるアイデアがたくさん生まれました。

セザンヌの前で仕事

環境デザインの専門家として、昨今の日本のオフィス環境についてどう思いますか。

パソコンとWi-Fiさえあればどこでも仕事ができる時代になりましたが、それでもまだ働き方は堅いような気がしますね。以前にはよく「リフレッシュルーム」というのが設けられていましたが、果たしてそこで本当にリフレッシュできるのかどうか。それよりも緑に囲まれた環境で話をしたり、休息を兼ねて瞑想をしたりと、さまざまなことが出来る居心地のいい場所を建物の内外にいくつも散りばめて、そこで仕事もできるようにしてはどうでしょう。突き詰めると、オフィスが居心地のいい街のようになっていくのかもしれません。

働く人の感性を刺激するために、オフィスにアート作品を置く企業も増えています。

普段のオフィスで失われがちな、感性に働きかけるものがあちこちにあればよくて、その一例が絵画かもしれないけれど、自然を目や耳や皮膚で感じたり、子どものように虫をじっと見つめたりと、なんでもいいわけですね。何か心に感じさせてくれるものを広い意味でのアートと呼ぶわけで、家の「床の間」に飾ってあるようなものだけがアートではありません。そもそもアートは絵や彫刻だと誤解している人が多いのですが、今のアートの概念はどんどん広がっています。藝大生が何をやっているか見てもらったらわかると思いますが、みんなバラバラで、「これがアート?」と思うようなものも結構ありますよ。

オフィスと美術館が融合したミュージアムタワー京橋について、どのような印象を持っていますか。

私の専門の「プレイスデザイン」では、アウトプットが建築の場合もあるし、ランドスケープだったり、家具だったり、あるいはそれらが融合していることもあります。

ミュージアムタワー京橋はオフィスと美術館が同居している建物ですが、真の意味でワークとアートが融合した場を実現するためには、ソフト面のよりいっそうの充実が必要かもしれません。この場所をどのように活用していくかです。例えば、イタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館は元々オフィスだったのですから、その場所は当時どのように使われていたのかなどは興味深いですね。ミュージアムタワー京橋も時折、アーティゾン美術館内のあちこちに机と椅子が置かれたりして、入居者が「今日はセザンヌの前で仕事しよう」といったことが実現できたら、かなり面白いことになると思います。

「感動」をより広く提供

現在のミュージアムタワー京橋をより活かしていくには、どのようなことができるでしょうか。

ミュージアムタワー京橋の入居者自身がこの特別な環境をどう使いこなせるようにするか、ということがひとつあると思います。花王の新佑啓塾では、会社の敷地内にありながら、「出島」のように、社員にとって「内にある外」という感覚で使ってもらえる施設を提案しました。近年は、働き方改革によって時間外労働が制限され、なかなか残業ができません。ところが社員の皆さんに話を聞くと、仕事が終わってから同僚とあれこれ話すうちに次のアイデアが生まれることが多かったと言うのです。であれば、新佑啓塾を「放課後 の部室」みたいな場として活用できるのではないかと。アーティゾン美術館でもそうしたあり方を模索してもよいのではないでしょうか。これは入居者の特権かもしれません。

オフィスだけではなく美術館も変化が求められています。

人口が減り、来場者も減ってくるなか、美術館も同じことを続けていくわけにはいきません。使い手次第で、従来の美術館の機能を変えることはできると思います。今、ソーシャルデザインの必要性が叫ばれ、より広い意味でのアート、つまり「感動できること」が求められている。これからの美術館の役割とは、自らを開いて、感動できる機会をより広く提供していくことではないでしょうか。アーティゾン美術館の場合はミュージアムタワー京橋の入居者に開く場、街に開く場、という具合に段階的に取り組んでいく。例えば展示室の一部を入居者に開放して、そこで何が起きるのか、どのような意見が出てくるかを試すのです。少しずつでいいからこのような「実験」を繰り返していくことが大事だと思います。

取材

プロフィール

清水泰博/環境建築家、家具・プロダクトデザイナー。東京藝術大学教授・副学長。東京藝術大学大学院美術研究科修了後、黒川雅之建築設計事務所を経てSESTA DESIGNを設立。主な作品に「御母衣ダムサイドパーク・御母衣電力館」「月見橋」「平和の交響」などがある。著書に「景観を歩く京都ガイド」「京都の空間意匠」など。